最近の中国情勢、エグゼクティブ・アカデミー
1999年7月8日講演、ホテル・オークラにて
I 中国経済の現状
(1)香港株価暴落と朱鎔基辞任説
(2)消費の冷え込みとデフレ現象
(3)輸出の伸び悩み
II 法輪功と官製ガス抜きデモ
(1)法輪功の中南海請願デモ
(2)官製デモによるガス抜き
III 中国のWTO加盟問題の行方
IV 国際情勢を読み違えた中国
(1)冷え込んだ日中関係
(2)振り上げた拳の下ろし所に苦慮する中国
V ガイドラインとコックス・レポート
質疑応答参考資料
I 中国経済の現状
(1)香港株価暴落と朱鎔基辞任説
今日、小渕総理は二人の閣僚と財界人と一緒に北京に行かれたわけですが、腰が引けてるいるというか、まるで盛り上がりを欠いているような印象です。
日中関係の問題については後程お話するとしまして、また、日中関係のもう一つ外側にある米中関係も非常に厳しい状況にあるわけですが、まず中国の経済の現状についての見方からお話ししたいと思います。 今年の一月にお話ししたのですが、その時よりも、ちょっと厳しい状況になってきているという印象をもっています。しかし、他方では、逆にこのへんが一番厳しいところで、これから良くなるのかな、という感じもするのですが、そのへんの事情についてお話したいと思います。
六月三十日に香港の株が暴落したのですが、香港の有名な英字新聞の『サウスチャイナ・モーニングポスト』が「朱鎔基辞任か」という記事を掲げたからです。その記事の根拠というのは、要するに、朱鎔基さんが四月にアメリカに行ってWTO加盟の交渉をしたけれども、中国側が大胆な譲歩をしたにも拘らず、うまくいかなかったのは朱鎔基の責任であるということです。
表てには出てないのですが、インターネットなどには朱鎔基の「降伏主義、売国主義」とか相当手厳しい批判なども保守派などから出ていました。そういう流れがあって、前総理で改革に慎重な天安門の戒厳令の責任者である人民代表大会の常務委員長の李鵬さんと改革的な朱鎔基さんとのイメージの対照は明らかですから、朱鎔基さんが米中問題でちょっとミソをつけたという印象になっておりますので、全国人民代表大会の外事委員会に朱鎔基を呼びつけて糾弾する、という噂、これは単に噂なのか、実際に外事委員会に朱鎔基総理がでるのかは分かりませんが、そういう話が六月三十日の新聞報道に出て一寸騒がれたということです。
その後、七月二日に、『ウォール・ストリート・ジャーナル』が後追いをするような解説記事を掲げまして、また話題になりました。『ウォール・ストリート・ジャーナル』を丁寧に読むと、そういう観測があるということで、断定しているわけではないのですが、この騒ぎは間も無く、七月二日の『人民日報』で事実上否定された形になりました。この日の『人民日報』に、朱鎔基さんが国有企業改革をやっている中で、軍事工業の改革もかなりやろうとしているわけですが、軍事工業関係の会社を十社に再編成するというプログラムがうまくいった、と報道されております。そういうことが『人民日報』のトップに出るということは、朱鎔基がやろうとしている軍事工業の改革について、軍がサポートしているということを間接的に意味するわけです。軍が一応朱鎔基を支持していることになるわけで、この騒ぎが収まったということだろうと思います。
これまで解放軍は、戦闘を指揮する総参謀部とロジスティックをやる総後勤部と政治工作をやる政治部の三つの部で構成されていたのですが、中国の装備の立ち遅れが甚だしいということが湾岸戦争ではっきり分かって、これについての課題が大きいということで、その後、総装備部を昇格させて、三つの総部に並ぶ四総部体制にしたわけです。
そうなってきますと、軍の総装備部と国務院が管轄している軍事工業との関係はどうなるかということになるわけてすが、総装備部は軍側の装備を調達する係りで、朱鎔基の管轄する軍事工業部門は武器をつくる側で、総装備部は軍事工業部門がつくった物を全部引き取るということではなく、軍事工業部門の間でも競争をさせて、総装備部は買う場合もあるし、買わない場合もあるという形で、市場メカニズムを武器についても導入しようという考え方なのです。それによって軍事工業の生産性、効率性を追求しようということなのですが、とにかくこういう形が整ったという話です。詳しい展開はこれからフォローする必要があるわけですが、そういうニュースが出たために、朱鎔基を人民代表大会で糾弾云々という話はふっ飛んだ形なのですが、ただ、こういう噂が出て、株価が急に下ったりするということは、朱鎔基首相の対外政策、特にWTOの交渉に対する扱いについて不満があるということが一つと、もう一つは、中国の国内経済について、かなり皆が欲求不満を持っているということを示しているわけで、国内経済の話を先に申し上げたいと思います。
(2)消費の冷え込みとデフレ現象
最初に中国の金利の動きを示したグラフをご覧下さい。鄭ケ小平時代になってからの二〇年近くにわたる一年定期預金金利と貸出金利の動向を見たものですが、この六月一日に金利を思い切って下げまして、預金金利は一年定期で二%台まで下げたわけです。これだけ金利を下げたのは、ケ小平時代になってから、この二〇年来初めてです。
一方貸出金利は六%に保っています。目的は二つです。預金が増え過ぎて困っているというか、預金に回っている金を何とか消費に回したというのが預金金利を下げる一つの理由です。
他方、貸出金利は割合高く据え置いたのは、企業の業績、特に金融改革にからんで銀行の業績が悪化しているので、銀行に利潤を与えようということです。銀行に利潤が与えられれば銀行にも余裕が出てきますから、それがまた貸出にも回るという二つの目的を持った金利政策だということが分かります。預金金利と貸出金利の差が四ポイントも開いたのは、そういう理由によるものだと考えていいわけです。
そこで物価の話ですが、日本の状況と似ているのですが、成長率が鈍化している中で、特に国有企業リストラがどんどん進んでいるわけで、中国の人々は先行きに不安を持っています。その結果として、預金をするけれども消費を控えるという現象が非常に目立っております。その結果として、物価が下がってデフレ現象が起きています。
月ごとに物価の対前年度比を見ますと、卸売物価のレベルでは丸々二年間前年度を下回っております。初めの一年ぐらいは物価がようやく安定した、つまり、それまでインフレ対策が課題でしたから、インフレが収束したということで、暫くソフトランディグしたと喜んでいたのですが、その後の一年間ぐらいは逆に景気を刺激したけれども、変わらなかったということです。そこで慌てているという状況にあります。
消費者物価のレベルで見ても、去年の旧正月以降は対前年度比で一〇〇を切っており、消費者物価レベルでも一年数力月対前年度を下回っております。高い成長の中でインフレも結構高い、という動きを示してきたわけですが、そういう中国で初めて卸売物価でいうと丸二年、消費者物価でいうと一年半ぐらい対前年度比を下回るということで、デフレ傾向が見えてきているということです。
こうした状況を打開するための預金金利を引き下げて、預金の増加をストップさせて、そのお金を証券市場や消費に回そうということです。
株の方は、金利引き下げとか、株を買った場合の印紙税の引き下げということもあって、この一、ニカ月上海でも深センでもかなり高くなっております。それと多少関係あるのか株は大陸がらみのものよりは、むしろアメリカとの関係の方が多いといわれているようでして、いずれにしても、こういう低金利政策のために株は上がってきており、国慶節あたりまではこういう調子でいくだろうという見通しが強いわけでずが、消費冷えの現象の方はどうなるかはまだ分からない段階です。消費が低迷している背景には、耐久消費材などが特に沿海を中心に一巡したということも一つありまして、しばらぐは間に合っているから様子を見る、それよりは先が心配だということです。
もう一つには、住宅を去年後半から個人に売り渡すという政策をとっているということがあります。それは新しい住宅だけではなく、いま現に住んでいる役所が提供している公営住宅のようなものも、なるべく自分で買い取りなさいと誘導しているわけです。
自宅を買うためには相当な資金が要りますから、それを買うためにも、他の消費を節約せざるをえないということです。このように、リストラを伴二雇用不安のようなものの外に、もう一つ、住宅を買うためにはまた預金しないといけないということもあって、とにかく消費を抑えて模様ながめが続いているという事情があります。
ここでマネーサプライについて補足しておきたいと思います。マ不―サプライの動きを見ると、今の物価の問題に対して、中国政府がどういう政策を取ってきたかがよく分かります。いま中国では人民銀行がクォータリーで月報を出しておりまして、今年の二月までの細かい数字が出ています。それを見ますと、去年の六月がボトムになっています。つまリインフレを抑えてソフトランディングということで、インフレ退治に頑張ってきたのが昨年後半で大体終わって、昨年の前半あたりでそろそろという議論があったわけですが、結局、八月に赤字財政一千億元で内需拡大、インフラ建設を行い、その頃から政策が緩和するわけです。昨年の七月からはマネーサプライは伸びておりまして、三月までの数字しかありませんが、基本的に金融緩和で、金利も下げて努力しているのですが、しかし、なかなか実体経済がついてきていないという状況です。
そこで、現在は、とにかくデフレ対策が大事で、何とかして景気を活性化させるような積極的な政策が必要だ、という議論が中心になっております。それが内需がらみの話です
(3)輸出の伸び悩み
対外的側面について申しますと、クォーターでみた輸出の伸び率のグラフでご覧の通り、輸出の伸び率が下がっておりまして、昨年の第4四半期に大巾なマイナスになっています。ただ中国全体の話と地域別に見たものでは動きが違っておりまして、昨年の第4四半期に一番下がっているのは華南経済であります。これは朱鎔基が密輸対策に非常に力を入れて大胆に摘発した結果、かなり密輸が止まったからです。余談ですが、たまたまある所で東芝の会長さんとお目にかかる機会がありましたが、「東芝の大連のカラーテレビの工場は非常に売れて売れて困っているぐらいだ」という景気のいい話をしておりました。それは、中国で売られる日本製のテレビは九割ぐらいが密輸だといわれていたぐらいで、その密輸の部分がストップしたお蔭で、中国の国内でつくっている物がドッと売れ出したという話だったのですが、そこからもお分かりのように、朱鎔基の密輸対策というのはかなり大胆だったのです。「航空母艦は駄目だけれども、それ以外の駆逐艦ぐらいだったらいくら動員してもいいからやれ」という発破をかけたということで、いずれにしても広東を中心とした華南経済圏の密輸対策に大胆なメスを入れた結果、そこでの貿易が密輸を含めてかなり下がっているのです。合法と非合法が繋がっているところがあるようでして、非合法のものを叩いたつもりなのですが、もしかしたら叩き過ぎたのかもしれません。それで華南経済圏の輸出はガクッと下がっております。しかし、上海を中心とする華東あたりですと、落ち込みはそれほどでもなくて、もう少し北に行って、大連とか天津とかになってくると、そういう影響を受けていないということです。
今年の第1四半期で見ますと、広東も去年の第4四半期の三割減から一割減になっておりますし、今年になってからは華東も上海あたりを中心しプラスに転じていますし、華北も伸び率は小さいのですがプラスになっています。ただ華北や華東は伸びているのですが、華南をカバーするほどには大きくないために、全体としては輸出が伸び悩んでいるということです。一〜五月では、輸出が六百七十五億ドル(輸入が六百四億ドルで、七十億ドルの黒字になっています。これが新しい傾向を示すものと見ることができるかどうかは問題なのですが、私はそうではないかと見ておりまして、ここで流れは変わって、これからはアジア経済も回復基調にありますから、なんとかいけるのではないか、最悪の時期は越えたのではないか、と私は楽観しております。内需拡大のためのインフラ建設は基本的には順調なのですが、貿易の面でも、国内的な消費冷えの面でも、問題が出てきている一方で、リストラはあまり待つわけにはいかないということで、やろうとしているものですから、少し低成長の中でのリストラというのは問題が出がちなわけで、ちょっと不透明な空気が漂っているというのが国内経済の状況であります。
これから先のことは、次の一〜六月の数字を見るしかないのですが、秋の国慶節は建国五十周年ということで、何とか盛り上げようと必死になっているわけです。経済が回復の方向に向かうかどうか、そこが見所だということになります。
U 法輪功と官製ガス抜きデモ
(1)法輪功の中南海請願デモ
以上のような経済が不透明ということが社会心理に反映して、ちょっとモヤモヤしているということがあります。その一つの例として、四月の末に法輪功という気功をやるグループが中南海に座り込みをやって、中南海の指導部を非常に慌てさせたわけです。これについては多少日本のマスコミでも報道されましたが、中国の政府から見ますと、民主化運動の反体制グループを鎮圧する体制はここ十年出来ていまして、そういうことには全く驚きません。つまり、活動家で中心的な人物は、アメリカに行きたいなら行きなさいということで、大分アメリカに亡命をさせたわけですし、国内で何か大衆運動的なことをやろうとする者に対しては、逮捕してしまうとか、その他の形で圧力を加えて、基本的には問題ないわけです。実際に日本のマスコミあるいはアメリカのマスコミは、それを大きい問題として扱うのですが、中国では、それほどそれを支える基盤はないと見ていいと思います。つまり不満はいろいろあったとしても、民主化して何とかなると彼らはほとんど期待していないのです。それは例えば、ロシアを見れば分かるように、民主化というのはうまくいけばいいかもしれないけれども、むしろ社会秩序を混乱させて、生活をもっと悪くする面の方が大きいという現実的な判断をする人々が多いようでして、そういう意味では民主化運動が強い基盤を持っているとは思えないわけです。
ただ法輪功を支えているのが、将来の生活に不安を持っている定年を迎えたような、あるいは年金をもらっているような社会的な弱者で、そういう人たちを組織しているという説があるわけです。この法輪功というのは信仰宗教か、体育の同好クラブかは分からないのですが、社会団体として登録がされていない非合法な存在なのです。どうしてかというと、登録を受け付ける主管官庁が見当たらなかったからという話のようなのですが、宗教団体なら、国家宗教管理局があって、宗教団体として扱うのでしょうし、体育団体なら体育団体という形で扱うのでしょうが、どちらか分からないまま、何千万人とか一億人とか言われるように、ただ組織だけが大きくなっていったのです。
そのリーダーは李洪志という人物ですが、体のいい国外追放というか、アメリカに行ったのです。社会的不安を持つ人たちが、そういうところを拠所にしようとすることがあって、組織の数としては非常に増えてしまったのです。しかも、インターネットをご覧になれば分かるのですが、彼らはアメリカでも香港、台湾でも、あるいは日本でも、ホームページを持っているのです。それを利用して教義の普及等をやるのです。四月のデモもインターネットのホームページを通じて、連絡し合ったということが言われております。いずれにせよ、明確な民主化要求のような政治的な要求を掲げた指導者を封じ込めるのは割合簡単だったようですが、何となく将来が不安だ、あるいは今の生活が不満だというものが宗教に流れるような動きをヨントロールをするのはなかなか難しくて、対策に苦慮していたというのが実情だろうと思います。
(2)官製デモによるガス抜き
そういうところに、アメリカのNATO軍による大使館誤爆が起きたのです。それで一挙に燃え上がったということがあります。北京時間と東京は一時間しか違わないのですが、空爆が行われたのは、北京時間で五月八日の早暁、たまたま土曜日でした。翌九日は日曜日で、土日と重なったということがあって、デモが非常に盛り上がったのです。そしてバスを用意してデモ隊をアメリカ大使館まで運んだのです。大学当局に言わせると、北京の大学内からアメリカ大使館まで相当距離がありますから、途中で市民が入ると混乱するとか、いろんな議論があるのですが、ズバリいって、官製のガス抜きデモだったと私は考えているわけです。官製というのは、政府が何からの意味で関与しているということです。全部がそうではないわけですが、やはリガス抜きという側面があるということです。この間中国の指導部は、政治局の常務委員会を三回続けて開いたといわれております。まず八日早暁に爆撃があったということが分かって、すぐ政治局の常務委員会を開いて、続けてその翌日も開いて、そこで対策を協議して、結局五月九日の夜の一番大事なテレビの時間に、胡錦濤国家副主席がテレビの講演を行いました。 一方では学生の気持は分かるという形で支持しながら、他方で、しかし、理性ある行動をという形で枠をはめようとしたのが胡錦濤のテレビ講話だと思うのですが、あれは九日の政治局常務委員会の決議を踏まえてやっている筈です。
それから一日おいて五月十一日に政治局常務委員会拡大会議を開きました。八、九、十一と二日間続けて、政治局の拡大会議が開かれたのは極めて異例のことでして、対策に中南海指導部が如何にキリキリ舞いをさせられたかを示しているわけです。流れはご承知のとおりなのですが、私のコメントを申しますと、少し中国は騒ぎ過ぎたのではないかという印象を持っております。
もちろん大使館に五発のミサイルが打ち込まれているわけですから、これは誤爆だというアメリカの説明が説得力を欠くことは明らかです。と申しますのは、五発のうち二発が建物の本館に命中して、 一発は大使の公邸に命中して、一発は不発弾として落ちて、五発が完全に敷地内に落ちているわけですから、その敷地を狙ったのは明らかです。そういう意味では、ミサイルの性能は良かったということになります。ただ、「そこが大使館だとは思わなかった。地図を間違えていたから撃ってしまった」というのがアメリカ側の説明なのですが、中国側に言わせると、「そこを大使館として事務を始めたのは九五年で、すでに四年間大使館業務をやっている。その大使館にはアメリカのベオグラード駐在ユーゴ大使も、大使館員も何度かパーティに来ており、しかも、ビザを貫う人は大使館に行くわけだから、旅行地図でさえ中国の大使館が何処にあるか書いてある。」ということです。つまり、真先に爆撃の目標から避けるべき大使館に五発も命中しているわけですから、間違いだというアメリカ側の説明を中国側が受け入れにくい、 つまり中国としては、誤爆ではなく狙われたのだという強い認識を持っており、だから明白な挑戦であるという言い分です。
インターネットを見ていると、「米中戦争が始まるならば、その時は日本もガイドラインに基づき参戦だ」とか、やたらキナ臭い目茶苦茶な議論がありました。また、『人民日報』のホームページに匿名の掲示板がありまして、「屠米殺英」というベンネームでどんどん投書する人がいるというように、相当盛り上がっています。私は、それを見て、 一昔前の壁新聞で煽るのと同じですから、これは非常にまずいと思いました。しかも、インターネットのホームページというのは同時性というか、見ようと思えば何処からでも見れるわけですから、それを見て、ますます過激な意見を投稿するということになると、収拾のつかない混乱になる恐れがあるということを危倶していたのですが、六月中旬になって、そのベージが無くなったので、暫くブレーキが効いたかとホッとしたところです。しかし、そういうのを見ていますと、中国政府自体は、ある意味では、抑制的な面がないわけではなかったのですが、他方、むしろナショナリズムをある程度利用して纏めていこうという方向に流される傾向は否定できないという側面があったように私は見ております。むしろ、振り上げた拳骨の降ろし方に困っているような状況かもしれません。
III. 中国のWTO加盟問題の行方
大使館爆撃問題については、クリントンが電話で謝罪して、その後ピカリング国務次官が行って説明したわけですが、まだそのままになっていて、了解した形にはなっていません。中国としては、ビカリング国務次官よりは、もう少し政治家を期待していたようです。例えば安全保障担当のバーガー補佐官あたりだったら、もう少しいい話が出来たのではないかと考えられるわけです。というのは、江沢民の九七年の訪米と昨年のクリントンの訪中のお膳立てをしたのは、安全保障担当のレイク補佐官、バーガー補佐官のラインで、そういう意味で、中国はバーガー補佐官あたりに対しては信頼しているところがあり、そのへんの訪中を期待していたようです。
しかし、バーガー補佐官の方は一方でコソボで忙殺されていますし、それだけではなく、今度はアメリカでは「ョックスレポート」という中国の軍事情報スパイ疑惑が出て、その中で、こういう問題についてバーガー補佐官に連絡がいってたのに、補佐官は何にも対応しなかったということで、彼自身が共和党から追及されるという政治問題もからんでいて、結局ピカリング次官が説明したということなのですが、それでは納得ということにいっていないという状況です。つまり中国側は、今WTOの交渉再開を早くやりたいという気持を強く持っていながら、この交渉の切っ掛けを掴みかねているという状況のようです。
アメリカに言わせると、アメリカとしてはもう説明したのだから、あとは中国にイニシアチブがあるというのが言い分のようなのですが、しかし、中国に言わせると、まだ納得が得られる説明を受けていないということで、交渉のテーブルに就くのをためらっているというのが米中関係の状況であります。この見通しは難しいのですが、私は基本的には楽観しているのです。と申しますのは、今の米中の緊張について、新しい冷戦なのかという議論が一方ではあるのですが、他方で、中国もアメリカも、双方にとって、米中の経済関係はもはや切っても切れないものになってきているからです。中国から見ると、アメリカは非常に大事な市場ですから、これを失うということがあるとすれば、中国経済の市場経済化そのものが破綻することは日に見えているわけです。アメリカにとっても、中国からの安い製品の輸入というのは、アメリカの消費生活の向上に貢献しているわけで、さらに、これからはアメリカ農産物その他の市場として注目されるという側面も出てくるわけで、そういう意味では、米中双方にとって経済関係というのは非常に密接ですから、そういうことを前提とした上での政治対話、安全保障の対話にならざをえないわけです。米ソ冷戦のように、お互いの陣営と完全に峻別して対時するということが出来ない状況がベースとしてありますから、何処かのところで、次の話合いの切っ掛けをお互いに掴もうとしているわけですから、そちらに向かって動くであろうと思います。十一月までに大体加盟交渉が妥結すればいいわけで、あと数カ月ありますから、この間何とかなるだろうと私は楽観しております。
そういう脈絡の中では、小渕総理が今日から行かれているということは、もしかしたらプラスの意味を持つ可能性があるという期待が少しあるわけですす。小渕訪中を切っ掛けに、日中間のWTOの問題が決着する方向になるとすれば、これで一つ。あとは中国とEUとの関係もそれなりに出来ます。そうしますと、日中と中国・EUという形でWTOについての大方の合意が出てきますと、後はクリントン大統領の最後の決裁を迫るみたいな形になります。実は四月の朱鎔基訪中の時にも、本当は決着していいような状況だったようです。事実としてはうまくいかなくて、そのために却ってややこしい問題になってきていますが、四月八日に首脳会談をやって、朱鉛基の側としては、そこで決着するために、譲歩できることはほとんど譲歩したということで、クリントンとの会談に臨んだわけです。
クリントン側としてはヨソボの問題で忙殺されていて、WTOそのものは大統領の決裁でできることらしいのですが、しかし、国内法との絡みもあり、議会との調整も必要ということで、最後の決着をしなかったのです。後から別な追加要求を出したといわれておりますが、そんな話ではなく、要するに、朱鎔基としては、今年の初めからグリーンスパン議長などを通じていろんなメッセージを送って、それに答えて、バーシェフスキーさんが二回も来たり、ベ―リー商務長官も来たりして、大体の下準備をして乗り込んだわけですが、四月八日の会談ではうまくいかなかった。
しかし、その後、うまくいかなかつたということが伝わると、アメリカの財界あたりから、猛烈なプレッシャーがクリントン側に加わって、結局木曜日の首脳会談がうまくいかなかった後、金曜日の夜から土曜の朝にかけて、中国側のゴミ国務委員とアメリカ側のバーシェフスキーさんの間に徹夜の交渉があって、土曜の朝三時まで話をして、仕切り直しといいますが、声明の再発表が行われ、今回はうまくいかなかったけれども、年内加盟に向かって努力をしようということで終わったわけです。その脈絡の中では、朱鎔基が中国に帰って、次の交渉が始まる段階だったのです。そこに大統領誤爆問題があって、交渉が中断したという状況に今あるわけです。つまり、事柄からいえば、基本的にはそこで妥結していいところまでいっているわけで、後はクリントン氏が議会との問題その他を調整して最終的な決裁をするという話ですから、あと数力月の間に国際情勢その他が安定していけば、そういう方向に向かっていくだろうということです。
そうならない場合には、非常に厳しい状況が生まれるということです。つまり、中国の貿易が伸び悩むとなれば、中国の外貨が減ってくることになります。それから広東省の国際信託投資公司(GITIC)の問題があります。あれを破産させたことは西側の金融筋にはショックを与えておりまして、日本が一番多くの不良債権を掴まされたことになっているのでしょうが、それもありまして、中国を見る目は厳しくなってるわけです。ただ、日本から見るとその面が非常に強く出るのですが、また別の面もありまして、アメリカは、昨年クリントンの訪中の際二千人ぐらい財界人が付いていって、この人たちの仕事が動き出している面があるのです。GMは前からですが、その他アメリカ系大企業の動きが目立つということで、上海あたりを見ますと、外貨の入り方は前よりも増えているということがあるのです。とはいっても、GITICは広東省の事件ですから、香港、広東経由の外資は減っていまして、そのリアクションも広がっているわけです。
そういう意味で、中国は貿易の面でも、資本導入の面でも、厳しい状況に直面しているということで、また、国内の消費冷えが直らないとなってきますと、政治不安ということになる危険性もないわけではありません。そうならないように何とかもっていきたいということで、中国の首脳部は頭を痛めている状況だろうと思います。
そういうところに小渕さんが行かれたのですから、米中の橋渡しといいますか、次の対話のための切っ掛けを何らかの形でつくる一つの大きい役割を果たしうる可能性があるわけですし、ヨーロッパもそうだろうということです。
W 国際情勢を読み違えた中国
(1)冷え込んだ日中関係
そこで私のコメントですが、中国は、ここ一、二年、読み間違えたのではないか、という印象をもっています。昨年の江沢民さんの訪日は日本に非常に悪い印象を残しました。つまり歴史に拘って、何処にいってもお説教をする形で、多くの日本人が不愉快な感じを持ったということだろうと思います。中国はどうせ悪い国だから付き合わない方がいいのだ、というタカ派的な人たちにとっては、良い材料だったかもしれませんが、日中関係が冷えてしまったということがあると思います。もともとその背景には経済問題があります。貿易が日中関係で前年を下回ったのは去年初めてなのです。天安門事件以降、貿易は年々拡大していたのですが、昨年初めて前年を下回るということがあったのです。これはむしろ日本側の不景気による需要の減退によるところが大きいと思います。さらに直接投資について、大蔵省から最近発表された九八年度の実績は、千三百六十二億円と、前年度の二千四百三十八億円と比べて、六割弱の水準なのです。
これは、勿論不景気のためとても中国に投資をしている余裕はないということがあるでしょうし、先程触れました広東のGITICのように、貸した金が踏み倒されたということでは、とても安心して付き合えないという評価もあってのことだろうと思います。いずれにしろ、こういう形で、経済関係は、ここ数年来にない非常な冷え方になっているのです。これまでは、政治の面では多少ギクシャクしたものがあっても、経済面では割合順調なために、何となく繋がってきたところがあるのですが、ここに来て経済面でも非常に冷え込んでいる上、去年の江沢民の訪日以来、政治対話の面でもギクシャクが目立っていたということだろうと思います。そういうことがあるものですから、小渕さんが今年行かれるについても、いま一つ盛り上がらない。行ってもガイドラインの説明を求められる。ガイドラインについては、今まで散々説明してきており、これ以上の新しい説明は恐らくないでしょうから、やはり向うは納得しないということになりかねない。そうすると冷たい会話が繰り返されるという話になりかねません。そうだとすればまずいわけです。
ただ、そうではない面もあるかもしれないと私は思っています。つまり、米中も厳しくなってきていますから、そのへんで少し雰囲気を良くしないと中国にとって非常にまずい事態になりかねない、という判断を江沢民、朱錯基あたりがきちんとすれば、日本との関係をまず良くし、EUとの関係も良くして、アメリカとの関係も改善という方向に向かう可能性をちょっと期待しているということです。
(2)振り上げた拳の下ろし所に苦慮する中国
むしろこの一、二年、中国は逆のことをやってきたのではないかと私は懸念を持っているわけです。去年の江沢民の訪日もそうなのですが、その後、この一月にマケドニアが台湾と国交回復をしたのを怒って、マケドニアの国連軍の問題で拒否権を使っているのです。これは非常にまずい選択だったと思います。つまり、常任理事国としての拒否権という重いものを、たかが台湾問題で使ってしまったということです。そういうことがあったから、米軍とNATO軍は今年のコソボ空爆については、国連の決議を経ないでいきなり実施したのです。国連で審議すると中国がまたゴタゴタして面倒くさいということです。このへんはお互いさまというか、中国はユーゴのコソボの問題であれだけ強く言うのは、 一寸やり過ぎだと思っているわけです。
むしろ、全体の状況を考えたら、アメリカなりNATOが多少横暴だとしても、ちょっと抗議をしておけばいいぐらいで、真向うから出ることはなかっただろうと思うのです。出てしまったために、このことが大使館誤爆と関係があるかどうかは分かりませんが、しかし、結果的にそういうことになって、それをまた強く抗議し、その結果抗議デモが北京のアメリカ大使館に投石をして窓ガラスを割ってしまい、その中でサッサ大使が籠城を迫られるという状況がテレビで放映されてしまうと、今度はアメリカの世論は、「中国は酷い国だ。ちっとも前と変わっていないではないか」というようになって、天安門事件の悪いイメージに上塗りするようなイメージをまた与えてしまいました。そのへんは、中国側としては、疑心暗鬼がどんどん大きくなったみたいな形だろうと思うわけです。
早い話が、誤爆問題一つを取っても、アメリカは誤爆だと言っているのだから、誤爆という言い分をある程度認めておけば、では間違いを次からしないでくれということで、次の話し合いの切っ掛けが掴めたと思うのですが、あまりにも強く握り拳を固めてしまったために、落とし所に苦慮しているという面があるのだろうと思います。コソボ問題にしても、中国が怒った理由は恐らく二つだろうと思います。 一つは、「国連を無視して、NATOがいきなりやり出した。こういうことがパターンとして許されるならば非常に困る」ということを中国は考えたわけです。確かに論理の筋としては分からないことはないのですが、別の点からいうと、マケドエアみたいな問題に拒否権を使ったから、そうなっただけの話なので、お互い様の面があるのだということです。
もう一つ、中国側がコソボ問題で怒ったのは、ユーゴという一つの国の一地域であるコソボ自治州についての内政干渉を認めるということは、中国から見たら台湾に対する内政干渉、チベットに対する内政干渉を認めることに等しい、だから、ということで議論したのですが、これも私は、同一には論じられない問題を、あえて論理的には同じだから、と並べたに過ぎない形式論で、間違った議論だと思っております。
というのは、何だかんだと言っても、ユーゴのような小さい国と中国のような大きい国では違うのであって、ヨソボに対する内政干渉があったから、台湾についてもという議論にはすぐにいかないし、チベットについても同じで、それをあえて内政干渉を認めるかどうかの瀬戸際みたいな議論の立て方をするというのは大人気ないわけで、そういうふうにどんどん論理を拡大していくと引っ込みがつかなくなります。全体の状況の中で、コソボの問題で、あそこまで中国が蚊帳の外にいて、つまらないという気持は分からないでもないのですが、だからといって、いきなり表舞台に出て、にっちもさっちもいかなくなるというのはどう仕様もないことで、回舎の大根役者がいきなり大きい舞台に出て、引っ込みがつかなくなっているという印象を私は持っています。これは中国のスタンスの問題としてまずいと見ているわけです。
ケ小平さんが存命の間は、彼は懐が深いし、よく見ていました。例えば天安門事件以後の問題にしても、今は我慢して、絶対アメリカと敵対するようなことはしないようにといって、うまく乗ヶ切ってきたわけです。そういう余裕が江沢民氏になってからなくなったというか、そのへんの読みは非常にまずいという印象を持っております。そういうことに彼らも気付いているでしょうから、そのへんを周辺の日本などがうまくアドバイス出来るのではないかと期待しております。というのは、天安門事件後、西側の制裁があった中で、日本は、自分も西側のG7の一員であるけれども違う立場で、中国との付き合いとかありますからと言って、円借款の再開を真先にやつたりして、いろんな形で、中国が国際社会に戻るための手助け役をやっているわけです。それは高く評価されています。九〇年代の初めソ連が崩壊し、大きい問題がある中で、日本がいい役割を果たしたと思っているわけです。九〇年代後半になって、状況はもちろん変わった点もあるのですが、中国がにっちもさっちもいかない状況に追い込まれる危険性がある中で、日本としてかなり出来ることがあるのではないか、というのが私の意見であります。
V ガイドラインとコツクス・レポート
ガイドラインについては、 一言だけ申しますと、私は日本はまずい選択をしたのではないかという感じがしております。北朝鮮は基本的にはテロ国家でしょうし、人民を盾にとってやりたい放題やっているのですから、まともな国とは言い難いわけで、こういう国を封じ込めるため、強い姿勢で臨むのは当然でしょうが、ただし、日本にとって戦後処理の問題で、二十世紀を迎えるという段階の時に、戦後処理がまだ基本的には出来ていないままに、ガイドラインみたいなところだけを先行させるというのは非常まずいと思うのです。同時に、政治交渉か外交かがあればよかったと思うのですが、ガイドラインが先行してしまったというのがまずいというのが私のコメントの第一点です。
第二点は、朝鮮問題と台湾海峡の問題は植当中身が違うのです。これを一緒くたにしてtまったことです。台湾海峡については、入れる入れないかの議論があって、入れる入れないのか分からない。あるいは、それについて曖味なことをやるのがプラスなのだ、という分けの分からない議論があって、事実としては朝鮮半島と台湾海峡を同一視するような形になりました。日本はそうではないと説明したようですが、中国は大体そうだと思い込んで、一肩をいからせて警戒しているという状況をつくってしまったのです。結果論ですが、これは非常にまずいことであったのではなかったかと考えています。
冷戦が終わって、これからいい国際関係をつくろうという状況なのに、北朝鮮のような国に振り回されて、中国全体を場合によっては敵にしかねないような流れになってきたということです。アメリカの良識派の議員は、例えば、コックス・リポートについて、基本的にこれは中国の軍事情報、核情報のスパイ問題というよりも、アメリカのカウンター・インテリジェンス(スパイ防止活動)の問題ではないか、とはっきり言っています。つまリコックス・リポートは、今はインターネットで簡単に見れますが、結局一人も逮捕されていないわけです。それだけ重大な軍事情報の機密が流れたのであれば、もっと逮捕されてしかるべきなのに、容疑者といわれている人は何人か名前が出てきたりするのですが、今のところ一人も逮捕されず、ただ煽っているだけなのです。
どこの国も相手の軍事情報を盗もうとしているわけで、アメリカも同じで、お互いさまだから、むしろ、そういうことを前提として、それを防ぐためにはカウンター・インテリジェンスをきちんとして、情報が流れたら、それに協力した人を逮捕するということをきちんとやらなければいけないので、ただ中国がけしからんと単に宣伝しているのは非常によくない、とアメリカの良識家は言っておりますが、私は、もっともだと思っております。そういう形で中国を無理やり敵に仕立て上げるということではなくて、むしろ経済的に深い相互依存関係にあるのだから、貿易をさらに拡大する、あるいは農産物の市場開放があれば、アメリカの農産物は売れるようになるわけですし、あるいは流通市場、通信分野、金融での開放があれば、中国はますますグローバルな経済の中に入ってくるわけですから、そういう形で、中国をむしろうまくオリエントすることが大事ではないか。逆に、新しい冷戦の形で封じ込めようとしても出来ないし、そういうことによって得られるマイナスをよく考えて、うまく対中政策をやれ、というのがアメリカの良識派の議論としてあるわけですが、私はこういう考え方がまともだと思っておりまして、そういう流れをサポートするような日本の外交であって欲しいと考えているわけです。
C元大使 コメントと質問があります。コメントの方はコソボの問題をめぐる中国の立場についてです。今、先生から中国が国際情勢の動きについて誤った見方をしたのではないか、というお話がありましたが、私もそのご意見には賛同するところがあります。他方、中国のお国柄といいますか、面子を重んじる国であるし、猜疑心の強い国ですから、その両面から見てみますと、まず朱鎔基さんは国内の反対を押し切ってアメリカに行って、そのこと自体が批判され、WTOの問題でもう一つ批判され、ということで朱鎔基さんの面子は丸潰れ。そこに大使館誤爆事件が起こったということで、対米関係を一生懸命やろうとしていた人たちの顔が全く潰れた。更にコックス・レポートの公表ということで、二重、二重に面子を潰されたという気持が非常に強いのだろうと思います。ですから、それを修復する方法は何かということについて、少なくとも私が見る限り、アメリカ側のやり方は決して十分ではなかったという面が強いと思います。朱鎔基さんが国際情勢の見方を誤ったという方向から見るのか、面子が潰され、その間猜疑心はますます募るという方向から見るのかによってこれからの外交の見方は変わってくると思うのです。
私は面子と猜疑心の方から見ているわけですが、ロシアとの関係でも恐らく相当面子を潰されたと思っているのに違いないのです。チェルノムイルジン特使が訪中して、あの段階でロシアと中国というものが、 一つの役割をそれなりに果たすであろうという期待感を恐らく中国は持ったと思うのです。
ところが、蓋を開けてみると、ロシアが調停の労はとりましたが、基本的にはNATO側にかなり近寄った形での調停になったので、ロシアは一体何をしていたのか、という気持を中国は持ったと思うのです。誤爆事件に対する対応でもう少しアメリカが意を尽くした対応をしていれば、中国側の反応ももう少し違ったものになったのではないかと思います。二番目は質問ですが、小渕さんの役割を私も一種の期待感を持って見守っているわけですが、日中間で今一番大事なことは、日本と中国との間の経済面での協力体制を、もう一度建て直していくことではないかと思っております。日本として今何をすることが一番中国経済が評価することになりうるでしょうか。
矢吹 中国の面子を潰した、朱鎔基の面子は丸つぶれではないかというのは、全くその通りで、アメリカのやり方は相当乱暴だと思います。大使館に五発も命中させて、それが地図を間違えたというのは、「秘書が間違えた」という弁明より、もっと悪いのではないですか。軍事作戦というのはいろんなプロセスを経て行われるというのは分かりますが、大使館は真先に攻撃の目標から外すのは常識であって、地図が間違えていたというのは大変奇妙な話です。誤爆したこと自体が問題ですし、しかも、そのことについてきちんと謝っていない、説明していないという二つの意味で横暴だったというのは明らかだと思います。ですから非難されるのは当然です。ただ、アメリカのクリントン政権は、議会との関係でかなり際どいところで綱渡りをしていて、国内的に厳しい状況があると、外で何かやって切り抜けるみたいなことをやってきているわけです。そういうのを見ていますと、そういう国が米ソ冷戦が終わった後、乱暴な田舎者が勝手をやっているという印象は否めないわけで、そういう意味では、ご意見に全く賛成です。多少私がきょうお話したことは、中国に即して話した結果、 一寸中国に厳しい言い方になったかもしれませんが、ご意見に共感することがあります。第二の経済協力として何ができるかということについては、現実にはいろんな動きがあるわけです。早い話が、新幹線の話がありますが、しかし、これは独仏連合軍との競争になっているということで、はっきりしません。あるいは、経団連あたりを中心に、昨年の大洪水の被害に対して、中国の緑化に協力しようではないかという動きも、いろんな形であるようです。第四次円借はいま進行中で、そろそろ第九次五カ年計画は来年で終わりでして、その後、第十次五カ年計画が始まろうとしているわけです。今までの日中経済協力を踏まえた上で、第十次五カ年計画をにらんで何が出来るのかということもあると思います。私が今感じていることは、円借などでは割合長期的に動いているということでしょうが、民間の投資等は非常に景気変動に振り廻されて、一番極端なのは、円高の時に、これでは日本ではビジネスは出来ない、次は中国だということで、中国の事情を十分調べないでワッと行ってしまったのではないかということです。
それはほとんど失敗して帰ってきて、「中国人に騙された」みたいな悪い評判だけが残っています。きちんと調べてやったところはそういう問題は起こしていないと思うのですが、日本でやったら駄目だからといって、出ていって失敗して帰ってきて、中国の悪口を言っている方はかなりいます。個別のことではいろいろあるわけですが、やはり国と国のレベルで円借などを中心に、もう少し長期的な視点から、中国が安定的に市場経済の道を歩むことが政治を安定させ、そのことが日本の広い意味での安全保障にとって大事なのだということをよく認識して、腰を据えた付き合い方をすべきではないかと思いますが、私自身具体的な提案があるわけではありません。
・今のお話のようにアメリカ自身が横暴だと思いますか。
元U大使 アメリカが横暴であるという点はコソボだけでなくて、多々あるわけですが、アメリカという国は特殊な国であり、しかも今唯一の超大国ですから、仕方ないというように割り切らざるをえないのではないですか。行政府と議会の関係が悪いですから、その狭間に中国も入ってしまっているということで、明年の選挙が終わるくらいまでは、クリントンと共和党支配の議会との関係はちゃんとしたものになりませんから、依然として中国には厳しい状況が続くだろうと思います。私は中国のことをあまり知らないのですが、しかし、もう少し中国も普通の国のように、しかも、安保理の一員ですから、そういう国として振舞うべきだと思います。コソボの問題にしても、私ども日本人も含めまして世界中の国は如何にアルバニア人がセルビアで酪い目に合っているか、マケドニア、アルバニアに逃げた難民の姿を毎日テレビで見ました。中国はそれをやっていないわけです。中国の十二億の国民は、如何にセルビアが酷くて、アルバニア系ョソボ人はかわいそうだということを知らないでいるわけです、そのへん中国も国内に関する報道のやり方も、あまりにも一方的ではなかったのかという感じをもっています。それから最近、やっと北朝鮮がハイレベルで中国と交流を始めるようになってきましたから、何とか中国としてはいい意味での影響力を行使して、北朝鮮がアメリカ、日本、韓国ともう少しまともに付き合うような忠告をするべきではないかと思うのです。その点は足らないと思います。最近のインド、パキスタンの様子を見ましても、結局パキスタンに圧力を加えているのはアメリカであって、インにも手を出すなといっているわけです。今回は明らかにパキスタンの方が非ある状況ですから、もともとパキスタンと関係も深い中国がパキスタンに対して、「少なくともインドとの境界線からインド領へ侵入しているパキスタン兵は引き揚げろ」というぐらいの圧力を加えてもいいのではないかと思います。今年の後半は江沢民がヨーロッパの主な国を訪問すると伝えられておりますので、それがどういう訪間になるのかなという点を注目しております。
・ヨーロッパと中国というのはどうですか。
元E大使 最近サッチャーさんにお会いする機会がありました。ご承知のようにサッチャーさんは、・ケ小平と香港返還の交渉をされた方ですが、英国が名誉ある撤退をして以後、偶々いろんなことが重なってそうなったのでしょうが、香港の状況は確かに悪化しており、サッチャーさんを含めて英国人は、香港の行政事情について失望しているような印象を受けました。また江沢民については、先生が言われたように、回舎から出てきた乱暴者が暴れているというような感じを、やはリサッチャーさんも持っていまして、自分たちが交渉した以前の指導者とは相当違うという感じで見ているようです。それから、先生のおっしゃった日本の安全保障の問題、ガイドラインの問題について一寸申し上げたいと思います。私が言うまでもなく、冷戦が終結したからといって、決して世界は安全になったわけではありません。いろんな地域紛争が各地で起こっています。東西対立がなくなった後比較的脅威が薄れたヨーロッパでもヨソボ紛争が起きました。東アジアというのは冷戦が終結したからといって決して安全になったわけではなく、むしろ地域紛争の種をたくさん持っている地域と言えます。そこで、国連が地域紛争に有効に対応できるかというと、今度のコソボの動きでも明らかになったように、国連というのはあまり当てにならない。今回も中国が拒否権を発動したわけですが、国連の無力さというのは今度のコソボでも示されたと思うのです。日本の安全を確保するということから考えると、国連に頼るというのは無責任ではないかと思います。といって、東アジアに多角的な安全保障体制が出来るか、という問題になりますが、仮にNATOのような集団安全保障体制を造ろうとしても、そこにはどうしても中国という国を入れておかなければならないわけですが、現在の中国は、そういう安全保障体制に入ってくるとは思えません。勿論、われわれはそういう準備を将来に向ってしていかなければならないし、また、いろんなことを今から研究していくことは大事ですが、現在及び予見できる将来において、日本の安全保障ということを考えると、やはり日米安保体制に頼らざるをえないということになります。そうであるとすれば日米安保体制の実効性を何としても確保していかなければなりません。しかも、日米安保体制というのは日本の安全保障だけでなく正直に言って、東アジアの安全保障のためにいろんな面で貢献してきたと思うのです。中国もこの点をある程度一時認めてきた時代があったと思います。しかし、最近台湾の問題で、中国は非常に懸念を示しております。先生がおっしゃったように、朝鮮半島と台湾海峡の問題は質的に違いますが、しかし、もし、台湾海峡で中国による武力行使が行われるような事態が起きれば、やはり、これに対して日米安保体制が黙っているわけにはいかないと思います。黙っているということは、日米安保体制が実効性を失うということだと思うからです。アメリカは必ず動きます。それに対して日本が黙っておれるのかというと、今度は日米同盟の根幹に関わる問題となります。日本の国益にとって一番大事な日米関係が崩れなかどうかという問題になってくるからです。そこで、私は、中国に対しては、台湾問題で絶対武力を行使するようなことをせず平和的な解決を図ってほしい、ということを強力に主張すると同時に、「もしあそこで武力行使が行われれば、日米安保体制は発動せざるをえない」一ということを、はっきり中国に伝えておくべきだろうと思います。そこを曖味にして、周辺地域かどうかなどと言っ一ていたのでは、中国はむしろ誤ったメッセージを日本から受けるのではないかということを心配しております。私はむしろ中国には、「こうなればこうなるよ」ということを平素から率直に伝えておくべきだと考えております。
矢吹 私は中国が台湾海峡で武力に使うことはないと考えているわけです。つまり彼らは繰り返し「国内問題であり、同胞だから統一する」と言っており、武力の話が出た途端に全体が崩れるわけですから、私はありえないと考えているわけです。ただ、北京も台北も、実に政治がうまくて、いろんなテクダを使うものだから、皆踊されているのではないか、と私は思っているのです。しかし、このへんは認識の問題があるかもしれません。私は台湾に何度も行っておりますし、二年前の九七年には夏休みの一カ月、台湾大学に滞在して見ていたわけですが、いわゆる台湾海峡の危機というのは、つくられた虚像であって、お互いにそういうものをつくってやりあっているように思われるのです。ただし、最近は民進党が台湾独立の旗印を降ろしています。やはりまずいということに気付いたわけです。ところが大陸の方は本質は変わっていないといって議論をしているのです。お互いに相手を恰も敵のようにして利用しあっているのです。相互補完的なのです。そういうつまらないことを止めさせるような外交努力、政治努力の方がむしろ先だろうという印象なのです。勿論起こったらという前提に立てば、今おっしゃったことに反対するわけではないのです。ただし、そういうことはまず起こらないだろうし、起こらないようにするのが外交の本筋ではないか、という見方であります。
・中国は北朝鮮の核問題に関心はあるのですか、ないのですか。
矢吹 やはりあると思います。テポドンは発射台の方向を変えれば、北京も簡単に狙えるわけですから、日本などは日本だけが狙われていると緊張していますが、これは北京にも向かう可能性はあるわけで、そういう意味ではあれは脅迫ですから、そういうことは分かっています。
ただ、私は北朝鮮を見ていて残念に思うのは、北京が北朝鮮に対して、自由化しなさい、開放政策をやりなさい、と相当説得して、そのために、わざわざ深セン特区まで金正日氏を案内してやっているわけです。ところが北朝鮮は、中国は修正主義だといってそれに乗らなかった。それでどんどん駄目になっているのです。
最近中国が少し関係をよくしているのは、決して中朝関係そのものをよくLようともうことではなく、これ以上追い詰められると暴発するからということで、それを危倶して、最低限の食料と石油は提供しましょうという形だと思うのです。ごく最近の話になってきますと、むしろ「もしかしたら、経りを戻す」みたいなことを示唆したりしていますが、それは非常にまずい選択なので、そういう方向にいくのを防ぐことが大変重要だと私は考えております。恐らく北京も絶対そういうふうにはならないと思いますが、但し、そういうマヌーバーを使わざるをえないところまで北京が追い詰められていると見ることが出来るかと思います。(平成十一年七月八日講演)