中国経済レポート、アジア通貨危機と香港の教訓

国民経済研究協会『産業動向』98年12月・99年1月合併号31〜33頁

1.人民元切り下げ問題

中国の海関統計によると、98年1〜10月期の中国輸出は1488億ドル(対前年同期

1.3%増)、輸入は1103億ドル(同マイナス0.7%)であり、貿易黒字は384億ド

ル(7.8%増)であった。10月だけを見ると、輸出147.3億ドル(マイナス

17.3%)、輸入116.5億ドル(マイナス9.2%)、貿易黒字は30.8億ドル(マイナス

38.1%)であり、アジア通貨危機が中国の輸出に対して影響を強めていることが

わかる。これで8月から10月まで連続3カ月輸出がマイナス成長になったわけで

ある。輸出品を「一般貿易」と「加工貿易」に分けると、上期は前者は伸び悩ん

だが、後者は堅調であった。ところが最近は、後者も伸び悩みが目立ち、全体と

してマイナスに転じた。地域別に見ると、欧米向けは堅調だが、アジア向けがマ

イナス、商品別に見ると、農産物、鉄鋼、紡織産品のマイナスが大きく、服装、

靴など雑製品は保合い、化学工業産品、プラスチック、機械運輸設備は輸出が伸

びている。輸入をみると、「一般貿易」は輸入が伸び、「加工貿易」の原材料は

減少した。関税収入は密輸の取締で大幅に増加した。1次産品の輸入は大幅に減

少したが、工業産品の輸入は小幅な伸びであった。

このような貿易動向を踏まえて、中国内外で人民元問題があらためて話題に

なっているが、最近は「輸出の伸び悩み即人民元切下げ」といった短絡的議論は

影をひそめた。「加工貿易」中心の中国の輸出構造を考えると、元の切下げ効果

は疑わしいし(輸出が多少伸びたとしても、輸入原材料価格が高騰したのでは、

実質的メリットがない)、輸出の伸び悩みは、中国産品の価格競争力の欠如にあ

るというよりは、輸出相手国側の「需要減退」に主因があり、これは需要の回復

を待つほかないという認識が定着したからである。さらに今後に想定されている

円借款の返済などを考えると、「円安・元高」は、返済負担が楽になることを意

味しており、これらの要素についても認識が深まり、「人民元の水準」が割安

か、割高かについては冷静な議論が行われるようになってきたのは、歓迎すべき

ことである。

クリントン大統領の訪中前後(6〜7月)の円安批判は、常軌を逸した「政治的

色彩」を帯びていた。当時は、人民元切下げをしないことによって、中国は大き

な「代価」を払っているとか、日本は円安を「政策として推進することによっ

て、外貨を稼ごうとしている」とか、およそ見当違いの迷論が横行していた。

「人民元の切下げ必至」と煽り立てた日本マスコミの無定見、無知蒙昧ぶりと中

国側の市場経済の論理を解しない日本経済批判は好一対の対照であった。98年夏

の日中「疑心暗鬼」劇の騒々しさは、深く反省されてしかるべきである。

2.「外貨調整業務」廃止へ

国家外国為替管理局は10月29日、98年6月末時点における対外債務残高を公表

した。これによると、1379.6億ドルであり、97年末よりも70億ドル=5.3%の増加

である。内訳は中長期債務残高が1200億ドル(前年末比71.6億ドル増)、短期債

務残高が179.6億ドル(同1.6億ドル減)であり、中長期債務残高の比率は87%を

占めている。98年上期の新規対外債務は248.9億ドル、元利返済は218.9億ドルで

あった。対外債務残高のうち、国務院の各部・委員会が借り入れた公的債務は

379.9億ドル(5.6%増)、国内の金融機関の対外債務残高が404.6億ドル(4.9%

減)、外資系企業の残高が432.4億ドル(15.7%増)、国内企業の債務残高が145.3

億ドル(9.3%増)、その他17.4億ドル(2.8%減)となっている。外資系企業の債

務が全体の31.3%を占めている。ちなみに外貨準備高は1470億ドルであるから、

対外面でのファンダメンタルズは良好である。

9月以降、中国人民銀行と国家外国為替管理局は、外貨管理の強化に取り組ん

できたが、その成果を踏まえて、12月1日から「外貨調整センター」における外

貨調整業務を廃止することを決定した。今後は外資系企業の外貨売買はすべて外

為銀行の外貨決済システムを通じて行われることになる。現在すでに、外資系企

業の外貨売買のほとんどが外為銀行を通じて行われており、実質的影響はない

が、今回制度として廃止することに踏み切ったのは、この制度の歴史的使命の終

焉を意味しているとみてよい。

この制度は元来対外開放がスタートしたなかで、外資系企業の外貨需要に対応

するために設けられた。中国当局の公表する「公定レート」と、「外貨調整セン

ター」における「市場レート」とは、後者が3〜5割、人民元安であった。しか

し、94年元旦に朱鎔基副総理(当時)の英断で、「公定レート」を「調整セン

ター・レート」に合わせる形で、一本化(すなわち公定レートの切下げ)をやっ

て以後、公定レート=調整センター・レートになっていた。これは人民元の「水

準を単に切り下げた」というよりも、レートの「決定方法」を市場での需給状況

に変えたという点で重要な措置であった。その後、アジア通貨危機のなかにあっ

ても、人民元が基本的にその水準を堅持できているのは、平たくいえば、すでに

下げるだけ下げて、そこが中国経済の実力(輸出競争力)に見合った水準である

ことを意味していよう。

朱鎔基が広東省に派遣したお目付役・副省長王岐山(前中国建設銀行董事長)

の手で行われていた広東省の金融整頓は、大きな山を越えたごとくである。10月

6日、中国人民銀行は広東国際投資信託公司(略称・GITIC)の閉鎖を命じ

て、中国銀行広東省支店がその清算事務を行うことになった。同公司が中央政府

の許可を得ることなく借り入れた外債は20億ドルとも40億ドルともいわれる。そ

のうち約8割は、投資の失敗によるものといわれる。同公司はいわば広東省政府

の資金調達機関であっただけに、破産の影響は大きい。そこで連鎖倒産を防ぐた

めに、粤海企業集団に対しては直後に「資金注入」(一説に200億元)を決定し

た。これによる救済対象は、粤海集団、広東華僑信託、広州国際信託、広州国際

合作公司、広信集団の5公司である。これらはいずれも広東省側公司が香港に設

けた「窓口企業」、いわば広東省の出先事務所である。一時はこれらの5公司の

合併も取り沙汰されたが、結局それぞれの業務範囲が異なるという理由で合併は

免れた。これまでは経営内容のよい「強い企業」が「弱い企業」を吸収する合併

の形が多かったが、最近はこの種の「強弱合併」はやめて、合併対象は「強強企

業」のみとし、弱い企業は淘汰の対象とする新たな方針が朱鎔基によって提起さ

れている。朱鎔基はいわばアジア経済危機を逆手にとり、逆風のなかで生き残る

には、体質強化以外にはないとし、救済対象と淘汰対象を峻別している。この措

置は、ヘッジファンドによる香港ドルおよび香港株価攻撃が一段落し、「ヘッジ

ファンドの香港撤退」を見越して、発表された。このタイミングを選び、また一

方でGITICを破産させ、他方で粤海集団を守ることによってレッド・チップ

ス(香港株式市場上場の在香港中国系企業)の総崩れを防ぐ措置は巧みである。

3.アジア経済危機と香港の教訓

朱鎔基およびその周辺の政策当局者たちが香港経済の実情を直視していることは明らかだが、香港ドルの防衛戦に関していえば、香港の通貨当局(Hong Kong MonetaryAuthority)が指南を仰いでいるのは、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのCharls Goodhart教授(英イングランド銀行政策委員)などイギリスの金融専門家である。香港政府は97年10月の攻防戦についての報告書Report on Financial Market Reviewを98年4月に公表した。この分厚い報告書には、ヘッジファンドの攻撃に対して香港当局がいかなる対応を行ったかを詳しく分析している。

最近、日本ではマハティールが話題になることが多いが、これはあまりにも一

面的、鎖国的潮流である。市場経済の明日を展望するためには、ヘッジファンド

と正面から対決し、かつその攻撃を見事に撃退した香港のケースについて、もっ

と関心が向けられるべきである。香港政府財政長官ドナルド・ツァン(曽蔭権)

は、IMF(国際通貨基金)・世界銀行の年次総会に出席する機会を利用して、

1998年10月14日、母校ハーバード大学ケネディ・スクールを訪問し講演した

(「グローバル化、資本移動、自由市場:香港からの教訓」)である。このスピー

チは、97年10月のヘッジファンドとの第1次攻防戦、98年8月の第2次攻防戦

(すなわち株式市場介入の真意)と今後の香港当局のスタンスをよく説明したも

のであり、興味深い。香港という「小さな、しかも開かれた経済」がヘッジファ

ンドの餌食になることを避け得ただけでなく、今後の展望も示唆している。アジ

ア危機の要因はこう分析する。

(1)アジア危機の際立った特徴は、「民間部門の過大な借入」と「インフルエンザ

にも似た伝染性」である。(2)アジア側のマイナス要因としては、仲間うちの資本

主義(crony capitalism)、金融システムの脆弱性、企業のオーバー・ボロイング(過

大な借入)、政府の保証という悪い政策、銀行に対する弱体な管理があげられる。

それを背景として過大な資本流入が起こり、バブルが膨れてはじけた。(3)89年の

ベルリンの壁崩壊後、3億の新しい労働者と消費者が世界市場に参加し、低賃金

による過剰生産が行われた。そのためアジアの輸出国は大きな競争にさらされ、

経常収支赤字がもたらされた。(4)高度な国際金融システムが発展したこと。その

ために「成功が自信を生み、自信が慎重さを乗り越えた。結果は、恐怖が伝染病

となり、金融危機が経済危機を招いた」(Paul Volckerの言)。(5)企業の借り手はレ

バレッジによるリスク不明のデリバティブを利用し、信用バブルがふくれた。97

年央の世界金融資産は56兆米ドルであり、その内訳は債券市場と株式市場がそれ

ぞれ23兆ドルずつ、残りの10兆ドルが国際決済銀行で決済待ちの国際資産であ

る。56兆ドルの金融資産は世界GDPの約2倍、これは90年当時はGDPの1.25倍

にすぎなかった。外為取引量は1.2兆ドルで、貿易取引量の50倍になる。(6)98年

までの4年間に米国株式資産は、4兆ドル=GDPの約5割も増えた。しかし米国

への過度の集中は他の地域の縮小を招いた。アジアの株式時価評価額は97年7月

以来1.7兆ドル減少したが、これは東アジアのGDPの35%に相当する。97年から

98年にかけての資本移動の「過大な訂正」は、ここでUターンするであろうが、

Uターンがより持続的であることを望みたい。

この危機の伝染性は、インフルエンザなみだと、その「伝染性」の激しさをこ

う分析する。(1) 韓国を例にとると、韓国はオフショア市場で借りて、高い利回

りのロシアやブラジルの債券を買った。過大な短期の対外債務の返済に窮して、

これが国内経済に波及し、不況に陥った。(2) 不況のためにアジア地域内の輸入

が減少し、他国通貨の切下げを招いた。消費税引上げの時機が悪く、銀行の自己

資本比率を8%にする動きとからんで日本経済は97年にキリモミ状態に陥った。

弱体化した円が銀行危機を悪化させ、国内的および国際的信用収縮を招いた。97

7月以来、日本の銀行を初めとする外国銀行がアジア(香港、シンガポールなど)

から引き揚げたオフショア資金は2000億米ドルと推定され、それがアジアの信用

収縮を招いた。アジアへの原油輸出が減少したために、産油国が風邪を引いた。

インフルエンザはロシアからベネゼラに広がり、これらを危機に陥れた。かくて

南米と一部のスカンジナビア国も神経質になり、グローバル危機となった。(3)初

めはIMFという医者が市場を安定させてくれるものと期待されたが、IMFの

処方箋はインドネシアの例からわかるように、あまりにも苦過ぎるものであっ

た。IMFのより大きな支援にもかかわらず、ロシアがこけた。一連の出来事を

通じて、IMFはグローバル危機を処理する資金と能力をもつという想定が崩れ

た。これらはすべて自由市場とブレトンウッズ体制に対するこれまでの信念に大

きな反省を迫るものだ。嵐の中でこそ、「香港の経験」が光る、と彼は誇らしげ

に語る。「自由市場」を維持するには、情報の自由な流れ、競争による平準化、

健全な規制と法的枠組み、そして市場への参入と退出についてのきわめて明快な

ルールが必要だ。これらの条件を備えていなかった国々はヘッジファンドの攻撃

に耐え得なかった。現在のグローバル危機の際立った特徴は、「民間資金の支配

的役割」であり、通貨当局側が監視し管理するには巨大すぎることである。資本

移動の激しさは一部のヘッジファンドのレバレッジ作用と関わっており、その規

模は小さな新興市場にとって大き過ぎる。ヘッジファンドは90年代初期には4000

社以上に増え、4000億ドルの資産をもつ。レバレッジにより、その資産は約20倍

8兆ドルにふくれあがる。たとえば48億ドルの資産をもつロングターム・キャ

ピタルマネジメントは1000億ドルの債務を抱えたが、これは韓国の対外債務を上

回る額である。これらのヘッジファンドに対して透明度を高めさせ、市場操作行

為がやりにくくする必要がある。

ブレトンウッズ体制再構築の課題ばなにか。(1)グローバル化にはコストが必要

である。グローバル化は自由貿易と資本移動という大きな利益を提供するが、透

明なグローバル枠組み、強い金融システム、競争のための一連の規約(参入と退出

など)、といった枠組み作りのためにコストを払う必要がある。(2)アジアのカギ

になる教訓は、過度の内外債務の結果として、高い実質金利と通貨切下げがもた

らされ、多くの国民経済の均衡が破壊されたことだ。当面の課題は、モラルハ

ザードをひどくすることなしに経済再建を援助するために、国際的な「負担の分

担方法」の検討である。(3)グローバル化のためには、私利追求やお説教ではな

く、協力とコンセンサスを必要とする。各国が為替管理のように、一方的な行動

をとることは、グローバルな問題を平等に担う態度ではない。IMFへの資金提

供が遅れ、IMFは資金不足に陥っているために、IMFとしては苦い薬を出す

はめに陥った。IMFの最大の目的は、負担の調整を国際化することにある。に

もかかわらず、G-3(米国・日本・ドイツ)は、それぞれの国内事情から、金融政

策を調整できていない。かくて調整の重荷はより小さな経済小国に担わされてい

る。香港はグローバル・ルールにしたがって行動し、国際金融の安定に貢献する

決意である。(4)グローバル化は国際的基準への融合を呼びかけるが、グローバル

市場は協調性とともに多様性にあることを認識することが重要である。香港のよ

うなペッグ制ではなく、フレキシブルな為替レートが望ましいというドグマが流

布しているが、これは国内的調整コストを海外に押しつけるものであり、切下げ

競争が起こると、きわめて不安定になる。香港のような「小さな、開かれた経

済」においては、みずから為替レートを決定することはできない。グローバルな

安定のためには、G-3のような主要通貨の安定が必要である。(5)信用収縮(クレ

ジット・クランチ)に対抗するには、国内貯蓄と外国投資を動員するために、国内

債券市場を発展させる必要がある。最後に彼はこう強調した。「香港当局は8月

に株式市場に介入したが、これはヘッジファンドによる市場操作に対抗し、米ド

ルペッグ制を堅持するための措置であった」「香港の高い貯蓄率、企業家精神と

十分な外貨準備高は今後も香港経済の発展を保証している」と。香港のケースは

もっと論じられるべきである。