現代中国を読む65
『チャイニーズ・ドラゴン』2003年11月11日
李纓監督の『味Dream Cuisine』
李纓監督のドキュメンタリー『味Dream
Cuisine』を見た。ヒロイン佐藤孟江(はつえ)は一九二五年に日本人移民の子として山東省済南に生まれ、一九四八年に引き上げるまで二三年間を暮らした。物心のついたころ日中戦争が始まったが、その時代を横目でにらみながら、孟江は「同級生の戴さん」と露天での食べ歩きに熱中し、うまいものを作る師匠に弟子入りしてしまった。「女子は厨房に入るべからず」のタブーを破り、正統的な魯菜、すなわち山東料理を教えてもらうまで一年間、かまどの火焚きを修練した。孟江は「味」に魅せられた。生業として料理を作る女性は星の数ほどあるが、うまいものが食べたいから作る女は必ずしも多くはないし、ましてその味を守るために生涯を賭ける話になると珍しい。日本に帰国した後、彼女は六歳年下の佐藤浩六と結婚し、東京で「済南賓館」を開き、夫婦合わせて一五〇歳になったいまも、衰えた体力をいといながら店を切り盛りしている。砂糖やラード、化学調味料を一切使わず、素材本来の持ち味を活かす伝統的な料理法を墨守する彼女のやり方は、中国政府から評価され「特級厨師・正宗魯菜伝人」の称号を得た。実はご本家の中国では、砂糖もラードも化学調味料もふんだんに使う「時代とともに進む」山東料理が全盛であり、伝統的料理法はすでに失われたのだ。こうして佐藤孟江の夢は、生まれ故郷の済南に「正宗魯菜」を里帰りさせることだ。だが彼女の中国側パートナー劉広偉夫妻の思惑は同床異夢だ。「正宗魯菜」の看板は欲しいが、砂糖や化学調味料をやめるつもりはさらさらない。砂糖を使わない「正宗魯菜」か、砂糖使用を認める「現代魯菜」か。市場経済化の道を急ぐ中国ではあっさり投げ捨てられた『斉民要術』以来の醇乎たる伝統を必至に守る日本人老夫婦の物語は胸を打つ。佐藤孟江は日本人の子として生まれたが、魯菜とともに成長した。精神的にはほとんど中国人であり、済南で死ぬのが夢だ。だが夫佐藤浩六は生粋の江戸っ子であり、済南に行くつもりはない。脇役浩六のイメージが素晴らしい。名優もおよばないほどのきりりとしたマスクに、古きよき日本人職人のきっぷのよさが生きている。つまらぬ客に対して断じて迎合せず、さっさと帰れと塩をまく料理人こそが真に料理を愛する者の態度だ。これは演技ではなく、浩六の素顔である。浩六の息子にあたる世代の中国人李纓監督がその男振りをとらえきっている。このドキュメントは、ある日本人の生きかたのなかに中国で失われたものを発見する物語だが、それを発見した監督李纓とプロデューサー張怡の視線を中国と世界に送る記録でもある。「同級生の戴さん」が文化大革命期に非業の死を遂げたのは、画面には描かれていないが日本人との交遊を追及された可能性が強い。それに佐藤夫婦が気づいていないらしいのが救いである。周璇の「何日君再来」が砂糖よりも甘く、物語を包む。